Tailor Shin Suwa

#4
テーラー
諏訪晋平
学校に行くお金もなかったし、好きだから独学でもできると思った。 セックス、ドラッグ、バイオレンス、そしてHIV……。ニューヨークの少年少女が直面する問題をストレートに表現した90年代の映画『KIDS』は、当時の社会に大きな衝撃を与えた。まして主人公たちと同じ多感期に観てしまった者には、なおさらだ。テーラー/シャツメーカーの諏訪晋平さんも、10代でこの映画に触発された一人。高校卒業後、自動販売機の設置や造船所のオペレーター、鉄筋工などの仕事でお金を貯め、ニューヨークへやって来た。

「危ないニューヨークを楽しみに来たわけではないんです。やりたいことがなかったから、それを見つけようと思ったんですよね。最初は語学学校に行きながら、日系レストランで1年半くらい働いて。それから、なぜかわからないけど、とりあえずコミュニティ・カレッジでビジネスを勉強しようかなって思って、(入学に必要な)TOEFLを取得しました」

だが、諏訪さんが大学に行くことはなかった。ネットで見つけた服屋のインターンに応募したところ、見事採用されてしまったのだ。

「小ちゃいお店だったんですけどね。ストア・キーパーっていうのかな、販売員的な仕事を1年ほどしていました。それで、何がきっかけっていうワケではないんですけど、ちょっと服をつくってみようかなって思って。(店に工房はないから)いきなりミシンを買って、シャツをつくったんです。パタンナーやっている人にいろいろ聞いたりもしましたけど、基本は独学でしたね。学校に行くお金もなかったし、『好きだから、独学でもできるかな?』みたいなノリで(笑)。いろいろなパターンを引いてみたり、縫ってみたりしていました」

ニューヨークにはファッション・クリエイターをめざす多くの日本人がやってくる。だが、そのほとんどはデザイナーがパタンナー志望。テーラーをめざす者はめずらしい。

「最近のデザインの服って、ちょっとよくわからないというか、変わり過ぎているんですよね。リアルクロージングじゃないというか。そういうファッション・ショー的な服には興味がないから、自分が着られる、日常的な服がつくりたかったんです。そのうえテーラーを選んだのは、サイズとかシルエットとか、やっぱりそういうのにこだわりたかった」

シャツづくりを始めて半年後、大きなチャンスが巡って来た。ニューヨークのとあるストリート・ブランドから声がかかったのだ。

「そこで働いている友人の誕生日に服をつくってあげたんですよ。そうしたら、それを彼のボスが見て、『一緒にやろうか』みたいな……。いきなりそんな話になっちゃって、ニューヨークっていう感じしますよね? でも、実際は結構無茶苦茶なオーダーだったんですよ。結局、1カ月半で70着以上のシャツをつくったんですけどね。睡眠2時間とかで、ま、修行ですよね(笑)」

一点モノには、僕たちつくり手の
魂みたいなモノが宿っていると思う

諏訪さんのシャツづくりは、客とのミーティングから始まる。生地などの素材は、一緒に店をまわったり、サンプルを集めたりして決めるという。

「お客さんの採寸まですると、フィッティングしないといけなくなるから、こんな感じっていうシャツを持って来ていただくと、楽なんですよ。そのシャツのメジャーメントをとって、もうちょっとここは細い方がいいとか、袖が短い方がいいとか、肩も入っている方がいいとか、首周りが大きい方がいいとか、そういう要望に合わせて、一からパターンを起こすんです。あとはそれを生地において切って、縫っていくだけですよね」

とはいえ、完成までにはおよそ20時間かかる。最新の流行を採り入れながら低価格に抑えたファスト・ファッションが売れる時代、手間がかかる一点モノにこだわる理由は何なのか。

「何でしょうねえ? 別に(大量生産に対する)反抗心とかじゃなくて、自分が好きだから、やりたいから、それで食べていければ一番いいっていう感じで。要は縫い方や工程が違うのですが、普通の人はまったく気にしないことですし、どっちがいいわけでも悪いわけでもないですからね。行程が増えるってことは、その分価格が高くなるってことなんだけど、自分がやっていくうえでは、工程を省く方にはいかない。一点モノにはつくり手の何か、魂のようなモノがこもると思うし、そうであって欲しいし、もちろん着る人も、それをわかる人であって欲しいですね」

そんな諏訪さんが普段好んで行くのは古着屋。縫製を見たりもするが、基本的に自分の好きなヴィンテージのブランドを探したりするという。

「WOOLRICHとか、アウトドア系が好きなんですね。30年、40年前のモノを今も着られるっていうのは、すごいことだと思うし、自分の服もそうであって欲しい。だから、今どきのデザインをしたモノはつくりたくない。やっぱりずっと着られるモノって、いいモノだと思うんですよね」

今後の目標はシャツのブランド展開。それと並行して、スーツの仕立ての勉強も始めたい、と諏訪さんは語る。

「自分のブランドを立ち上げて、S、M、Lぐらいのサイズ展開でシャツをつくって、お店に置いてもらうことを考えているんです。スーツの方は10年とか修行しないと、一人前にはなれないぐらいの奥深さがあるし、ファッション学校だけじゃ全然話にならないから、多分弟子入りするしかないと思うんですよね。最終的には、“デザインは変わらないけど、長く着られる”というコンセプトのもと、セミオーダーとフルオーダーの両方ができるようなお店をもちたいです」

気さくな人柄や明るい語り口とは裏腹に、職人気質な一面を垣間見せる諏訪さん。今どき弟子入りとは決して楽な道ではないし、独立できる保証もないが、ニューヨークにはあらゆる可能性が潜んでいる、と感じている。

「普段会えない人に出会える機会が多いと思うんですよね。その人たちと上手く繋がっていけば、基盤がつくれるし、たくさんの刺激も受けられる。ただし、NYは誘惑が多い街! 何かやりたい事がある人は、常にそれを忘れないように。まあ、人生は一回なんでね、やりたいことやっちゃってください!!」

すわ・しんぺい 1980年、香川県生まれ。高校卒業後、2003年渡米。古着屋、テーラーストア、テーラーとして45rpmなどで働きながら、staple design、TV番組のコスチューム作り(CHANEL)、pourton de moiなどで活躍。1点モノのカスタムメイドシャツづくりも行なっている。http://shinsuwa.blogspot.com

3Dビジュアルアーティスト
広瀬敦規
フォトグラファー
鈴木マキ