Bassist Akihiro Yamamoto

#9
ベーシスト
山本章弘
とにかく時間が無い。やりたい事も、作りたいモノも、行きたい所や観たいものも山ほどあるけど、全てをこなす時間は無い。それが世の常というもの。時間を言い訳にずるずると先延ばしになっていってしまうものです。 でも、「あの人はいつも忙しそうなのに、なんであんなに楽しそうなんだろう?」「どうやって時間を作ってるんだろう?」と思ってしまう様な活動的な人がいるのもまた事実。 今回のインタビューはJazzプレイヤー/作曲家の山本章弘さん。訪れたレストランでは気持ち良さそうにベースを鳴らし、秋晴れのHigh-Lineではまた、楽しそうにお話をして下さいました。渡米から12年。映像制作の会社で働きながらも日々さまざまな場所で演奏をしている山本さんに、こんな時代にこんな場所だからこその幅広い活動内容と、溢れる音楽の展望について語っていただきました。
m: monocomplex
A: Akihiro

m: 9歳からトランペットとピアノを始めたそうですね?

A: 小学校4年生のとき何かクラブ活動しなきゃいけなくて、何故か分からないけど音楽のクラブを選んだんですよ。トランペット鼓隊クラブというのがあって、トランペットと太鼓類だけの編成だったんですけど、トランペットを選んだんですね。同じ時期にピアノも始めてました。うちの母親がアップライトピアノを持っていて、母親も僕にやらせてみたかったし僕も好きだったんだろうと思うんですけど、そんな風にやりはじめましたね。トランペット鼓隊クラブは楽しかったんですけど、まわりは女の子ばかりだったから、ちょっと恥ずかしかったのを覚えてます。母親は教会で賛美歌のオルガン伴奏を弾いたりしてましたし、オヤジは声楽が好きだったんですよ。そういうの見てきたから、演奏するってことには抵抗なかったですね。

m: じゃあ小学校からずっとトランペット?

A: トランペットはそこで離れちゃいました。中学の時は何故か音楽やるの嫌になっちゃって、ピアノは続けてたけど、サッカーとかやりたい!なんて思いながらも、なぜか美術部に入ってましたね。絵を描くのも好きなんですよ。でも、高校からまた音楽やりたいなんて思って、その辺から本格的に音楽をやっていきたいっていう気持ちがどこかにあったのかな。
高校で吹奏楽部に入ると決めてじゃあ何の楽器やろうって思った時に、たまたま演奏会でマーチングみたいなのをやっているのを見たんです。ベースがステージの横の方でドゥンドゥン弾いてたのを見て、カッコいい!と。動いてないところが、カッコいいと思ったんですよね。

m: でも大学では電子工学を?

A: そうですね。高校が進学校だったし、親も音楽に進んでほしいとは思ってないと考えていたからでしょうかね。鳥取県という田舎に住んでたこともあって、音楽やるならとりあえず都会に出ようと思ったんです。理系が得意だったから電子工学科。横浜でした。でも大学入ってからは勉強しなかった。親には申し訳ないけど、卒業もしてないんです。大学の時はサークル活動でオーケストラに入ってました。オーケストラばっかやってたかな。指揮とか作曲とかに目覚めちゃって。クラシックの楽譜とかオーケトラ譜を読んで、いろいろCDきいて、カラヤンがどうだとか、ブルーノ・ワルターがどうとか、ベルリン・フィルがどうとか、そういうクラシカルな方に入っていったんです。でもバンドもやってたし、ギターなんかも弾いた。音楽にのめり込んでいった時期で、だんだん大学を卒業することより音楽でいこうって目標を切り替えていった感じだったと思います。

m: だからアメリカ?

A: いや、アメリカはちょっとまた違う経緯があるんですよ。子供の頃に家族でカナダに住んでいた時があって、カナダに知り合いがいたんですね。大学の頃、英語が出来るほうがいいかなっていうのもあってカナダに遊びに行ってみたんだけど、すごい安いチケットだったから飛行機がLA経由で、帰りに1・2泊したんです。その時にバスに乗ったのね。で、バスの中で黒人の人たちが喋ってるのきいて、なんか音楽を感じちゃったんです。ちょっと説明が難しいんだけどたとえば洋楽、エリック・クラプトンなんかも日本で聴いてたんだけど、それをちょうどその旅の時に持ってて、こっち(アメリカ)で聴いたら、すごく聴こえ方が違ったんですよ。ああ、これはここの音楽だったんだ!って。自分の好きな音楽が、そうやって根付いてる場所に来たいと思い始め、バイトしたりして貯金してこっちに来ました。アメリカでどうやって音楽勉強できるか調べてみたら、短期大学でもいろんなクラスが取れるし、4年制にあがったらもっと専門的な、例えばJazz科とかあったり。そんな勢いでバチュラー(4大卒業資格)まではLAで、大学院はニュージャージーでJazz作編曲を勉強しました。

m: 何故クラシックからJazzへ?

A: 大学までずっとクラシックでベースをやってたんだけど、カレッジではブルースとかロックとかが弾きたくてギターを猛練習してたんです。その時のカレッジの先生がJazzの先生だったのね。それで学校でJazzやってる人たちのクラスを覗いてみたんですよ。そしたら聴こえてくる音楽が、うわ、コレすげえ楽しい音楽!って、感激しちゃって。それでそのクラスを取り始めて、4大に編入してからも続けていったんです。ビックバンドとか、ソロで演奏したりとか、いろんなことをやらなきゃいけなくなったけど、とても新鮮でした。その時はJazzギターだったんだけど、もともとやっていたベースもいつの間にか弾ける様になっていた感じです。

m: いろんな楽器をやってきたんですね。

A: 最近では友達がくれたオモチャのオカリナとかフィンガー・ピアノとか、そういうのも自分が曲作ったりするときは使ったりするんですよ。クラシックとJazzの違いって、クラシックは既にある曲をどう再現するかなんですけど、Jazzは既にあるものを自分たち流に演奏する。その場の雰囲気だったり、違うアレンジを楽しんでみたり。だから定期的にやってる演奏でも毎回メンバー変えて、今回はファンキー系だからこの人にしてみよう、でも次はもっと大人なJazzな感じにしよう、じゃあアイツだとかね。シンガー入れたら、その人の歌い方に合わせて演奏してゆくし。

m: レストランで定期的に演奏を?

A: 実はつい最近その仕事は終わったんだけど、1年間、毎週火曜日にロウアー・イーストサイドのイタリアン・レストランでJazzを演奏してました。毎週違うメンバーを呼んで、いろんなアレンジでやってました。最近は、人が聴いて喜ぶモノを演奏したいなって思うんです。Jazzにすごく詳しい人だったり、スゴいスキルを持ってる人もいるけど、ぜんぜんJazzは分からないなって人だってたくさん相手にして弾いてるわけだから、その両者の差が埋まるような演奏ができたらいいなと思うんです。昔よりもそういう意識は強くなりました。たとえば僕の奥さんだってJazzを勉強してきた人じゃないけど、実は彼女の意見が一番正しいんじゃないかって、そう感じることもよくあるのね。スゴい人の演奏聴くと、Jazzに詳しいとかそうじゃないとかを超えて分かっちゃうんだよね。その良さが。中途半端の難しいことやってるだけだと、なんか良く分かんないね、ってことになっちゃう。でも例えばHerbie Hancock(ハービー・ハンコック)とか聴いたら、みんな何故あれが面白いかってスグ分かると思うんですよね。

m: 好きなアーティストは?

A: 最近では、Jesse Van Ruller(ジェシ・ヴァン・ルーラー)の影響受けたかな。この人はオランダのJazzギタリストなんだけど、弾いてる内容ももちろん好きなんだけど、なにより彼の作る曲が好きでよく聴いてる。あとは、Esperanza(エスペランザ)っていう若手の女性ミュージシャンで、ベースを弾きながら歌えるっていう超ワザができるアーティストがいるんですけど、素晴らしいと思いますね。でもそういう変わったワザが出来るから好きなわけじゃなくて、やっぱり出てる音や曲がスゴくいいから好きなんですよね。すっごい好きな曲は100回でも聴ける。そういう曲に出会えるときっていうのは本当に嬉しいですね。

m: そういう好きなミュージシャンたちのテイストは、自分の創作や演奏にも入ってくる?

A: 入ってきますね。だって何故その人たちの音が好きかっていったら、自分と似た感覚やコンセプトで音楽と接してるからでしょ。トラディショナルなものも好きだけど、今の世界観だったり技術だったりを取り入れている人たちって他にもいっぱいいるし、そういう音楽が好きだから僕もその人たちの感覚に近づいちゃうよね。でも何やっても、何をマネても、自分らしさって絶対出ると思います。だって自分が作る音は、自分以外のものになるわけないしね。たとえ新しくいろんな音や楽器をいれても、結局自分の音になっていると思いますよ。楽器がたくさん出来るとか、機械でいろんな音が作れるってのは、結局ツールでしかないんですよね。それ自体はクリエイティブなものではないと思うんです。いろんなことが出来る様になったというだけの話で、そっからどうクリエイティブになるかっていうのが難しいわけです。でもそれこそ考えるべき、面白いところなんだと思う。

m: 活動はJazzの演奏だけではないんですか?

A: レストランでの演奏の仕事を僕にくれたそこのオーナーは本職が映画監督で、実は彼は SVA(スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツ)の映像の先生もやってるんです。彼の生徒の一人が知り合いで彼女が映像作品を作る時に音撮りを手伝ったり楽曲を提供したりしたことがあったんですけど、その先生で監督の方が僕の音楽を気に入ってくれたんですね。それをきっかけに彼の映像作品にもいくつか楽曲提供をしたりしてます。

m: いろんなことを同時にやってらっしゃいますが、よくできますね?

A: いやぁ、出来てないですよね、全部ちゃんとは。いっつも60%ぐらいしか出来てないというのが正直なところ。自分の中で一番弱いなと思うのは、ひとつのことをフォーカスしてやることかな。プレイヤーとして演奏の腕を磨くことも必要だけど、プレイヤーとしてだけで勝負していこうとは考えていないのね。今一番興味があるのは、映像と音楽を一緒にすること。サントラだったり映画や映像のための音楽作りだったり。僕は映像関係の職場で働いてるんですけど、何故そこで働いているかっていうと、音楽と映像の関係っていうのがひとつのテーマとして自分の中にあるからだと思うんです。映像もある音楽、音楽にある映像、そういうことをやってみたい。

m: 今後もニューヨークで?

A: うん、ニューヨークで。ここは楽しいですよね。ちょっと一緒にやろうよって声かけて、すごい人と簡単に演奏出来るのはやっぱりニューヨークのすごい所だよね。さらに映像やってる人が声かけてくれたりするのも、こういう場所だからだと思うし。チャンスも多いし、チャンスを狙ってる人もまたすごく多い。The Archi-tet(アーキテット)っていうのが僕のやってるメインのJazzバンドなんだけど、その活動をもっといろんな所でやりたいっていうのはあります。実は今またひとつ、映画の音楽やんないかって声もかかってます。今回のインタヴューに声かけてもらったこともそうだけど、人と人のつながりが無かったら何も始まらなかったりするでしょ。スゴいミュージシャンでも、つながりで仕事が決まっていくんですよ。ニューヨークってそういうことが実現する場所なんだと思います。

様々な分野で精力的に活動を続ける山本さん。2011年にはまた新たに『Nippon Jazz』という隔週レギュラーイベントが決まり、ブッキングも担当する。日本に関係ある音楽を取り込み、フードやアートも絡めたイベントになるそう。まだまだ多忙な日々が続きそうだ。
イベント詳細は以下。
http://www.blueowlnyc.com/
http://www.meetup.com/Nippon-Jazz-NYC-Meetup-Group/


http://akihiroyamamoto.com/
http://www.myspace.com/akimuzik

1977年鳥取県生まれ。9歳よりピアノとトランペットを始めるが、高校でコントラバスに出会い、ベースに熱中。
横浜国立大学の電子工学科に所属していたが、中退し、21歳で渡米を決意し、ウィリアム・パターソン大学の大学院でジャズ作編曲科で修士学位を取得。
現在、ニューヨーク・マンハッタンでジャズベーシストとして毎週レギューラーで演奏している他、自作ジャズバンドthe Archi-tetのリーダーとして作編曲、プロデュースも手がけている。

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